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大切なお母ちゃんを介護して

この世で一番大切な人
認知症のお母ちゃんを介護

一年ほど前に「赤旗」に認知症のお母ちゃんのことを投稿しました。読んで下さった方々、同じように介護されている方々からたくさん励ましのお言葉を頂きました。
 あれから一年、症状はかなり進みました。四月十二日には骨粗鬆症で歩けなくなり介護ベッドや手すりを設置しました。
最近やっと一人で廊下を挟んだトイレに行けるようになりました。
 介護用のパンツをはいて寝るときは紙おむつをしています。意識ももうろうとしていて家族の顔も名前もわからなくなりました。私はベッドの横の畳で寝ていて、ちょっとした音でも目が覚め熟睡したことはなく、平均四時間から五時間くらいです。
 朝五時に起床してすぐトイレに連れていくと紙おむつはすっかり重くなっています。時々「うんち」を包んでいるときがあり、その処理もきっちりしてやらねばなりません。
タオルを濡らしてお尻を拭いてやると「じいちゃんごめんな」と言います。その言葉を聞きますと私はぐっと来て涙がこみあげてきます。お母ちゃんは直腸がんの私の母を五年介護し、子育てし、自分も働きながら頑張って私を支えてくれました。母は息を引き取るときに「ありがとう」と言って亡くなったそうです。
 認知症はなりたくてなった病気ではないのに、一番悲しんでいるのはお母ちゃんだと思うと何としても守ってやらねばなりません。幸い子供たちも、私よりも優しく、多くの仲間も優しく接してくれます。
先日、テレビで、認知症は発症から大体十年で生涯を閉じるといっていました。それから比べると、お母ちゃんは十一年過ぎました。確かに今は人の顔も名前も出てきません。食事も風呂も一人では何もできません。
仕事に行っても、家にいても「もう帰るわ」といいます。ここは母さんの家だよと言ってやると落ち着きます。
時々、玄関を開けて出ようとしますが、まだ徘徊したことはありません。一緒に散歩に出ても100m位歩くと足が痛くて歩けません。先日シルバーカーを購入しました。少しでも歩く練習をして元気になってもらいたいと思って・・・。
 同じ認知症患者でも通院歴が同じような人と比べると全然違います。それの一番大きな要因の一つに水道のメーターの二次側に「マイナスイオン水」の道具を取り付けて家中その水にしてもう十三年生活しているからと百%信じ込んでいます。この水がなかったら家族みんなが健康に過ごせていないと思います。特に認知症は頭に良い水と栄養が必要と聞きます。私は、この活水器の工事をするようになって十三年、八四〇台くらいは設置していますが、製品について唯の一件も苦情を受けたことはありません。また、設置したお家の人はみなさん初対面で親切な方ばかり、一人としてもめたことはありません。これが私の自慢です。
お母ちゃんが認知症になってこの活水器に出合ったことにより、多くの仲間ができ、そして励ましあい慰めあって気づき上げた大切な仲間、私たち夫婦の一番の宝です。お母ちゃんは不治の病の認知症ですが、まだ自分でできることがあります。私はお母ちゃんの介護をしながら生涯現役でこの活水器の普及に微力を注ぎたいと頑張っています。遠いところからでも工事の注文を頂きます。遠い順番では、大分県、愛知県、福井県、で近畿一円から要請があります。私は、お母ちゃんに親切にして頂いたご恩返しの気持ちで、どんな遠いところでも赤字にならない限り行かせてもらっています。
私は現在七十四歳、クリスマスが来たら七十五歳になります。この水のお蔭でいたって健康で医者知らずです。
ですが、おかあちゃんも、いずれ旅立ちの日が来るでしょう。いい人生だったと思って旅立たせてやりたいのです。そして、そのあと、私は子供たちに見送られて旅立ち、天国でもう一度お母ちゃんと家庭を持ちたいと真剣に思っています。
 もしも、この水に出合っていなかったら、多くの親切な仲間に出合っていなかったし、お母ちゃんとの別れがもっと早くきたと思います。そういう意味ではお母ちゃんも私も幸せな人生と強く思っています。